「孤立」
「またか!誰だ!誰かいるのか!いるなら出てこい!」
誰もいない家の中で私は叫んだ。
もちろん誰もいないので返事はない。
「何なんだいったい!」
意味不明な出来事に疲れがピークに達した私はベットに倒れこむ。
どうしたのかって?
今日仕事から帰って来たら、
朝、仕事に行く前には食器棚に収まっていたはずの食器が、
リビングのテーブルに出ていたのだ。
しかも何かをよそって食べた形跡がある。
つまり、私が仕事に行っていた間に誰かがここで飯を食っていたのだ!
私は一人暮らしで、合鍵を持っているのは家族だけ。
もちろん戸締りもちゃんとしている。
「泥棒じゃないかって?」
私だって当然始めはそう思った。
始めは・・・。
そう、今に始まった事ではないのだ。
最近こういった事がちょくちょくある。
そのくせ金品が無くなっているわけでもないから、警察に言っていいものか私を悩ませる。
さんざん悩んだ結果、ある可能性が私の頭をよぎる。
「この家に出入りできる、私の身近な人間の仕業ではないのか?」
「いやまさか、そんなことはない。」
そう言い聞かせるも、おかしな事が起こる度にこの考えが私の頭の中でどんどん膨らみ、無視できなくなった。
私が始めに疑ったのは近所に住む友人だ。
家族は何か用事でもない限り家に来る事はほとんどないが、
この友人は暇さえあれば家に来て遊ぶ仲で、家族よりも家に出入りをしているからだ。
数日後、友人が遊びに来る事になった。
私は友人の行動を注意深く観察した。
結局、怪しい行動を見つける事はできず、友人は帰って行った。
「仲の良い友人を疑うなんて私はどうかしてる。」
と、友人を疑ってしまった事を後悔しながら、
後片付けをしていた時だった。
「あれ?コップがない。」
友人が遊びに来る前には確かに食器棚の中にあった、
私のお気に入りの伊万里焼のコップが見当たらないのだ。
「やっぱり!犯人はあいつだったんだ!
今まで散々嫌がらせをされたが、ついに尻尾を掴んだぞ!」
私はいても立ってもいられず、友人の家へ怒鳴り込んだ。
しかし友人は嫌がらせを認め謝るどころか、
自分はそんな事はやっていないと開き直って罪を認めなかった。
遊びに来る前にあったものが、
帰った後に無くなっていたのだから、
他に誰が盗めるんだと問い詰めても、自分じゃないの一点張り。
素直に謝れば許してもいいと思っていたが、こんなにも自らの罪を認めない卑しい人間だったとは。
私の怒りは頂点に達し、
「二度と家に来るな!」
と、吐き捨て家に帰った。
友人をひとり失った寂しさがなかったわけではないが、
それ以上に、問題が解決した爽快感、そして安堵感の方が大きかった。
その日はぐっすりと休むことができた。
「―よかった。これで奇妙な出来事に頭を煩わせる事が無くなる。」
・・・はずだった。
しかし、その後も奇妙な出来事は収まるどころか、
日に日に激しさを増し、私を更なる混乱へ落とし入れる。
毎日奇妙な出来事に追い詰められ、頭がおかしくなりそうだった。
私は次第に外出を控え、人付き合いを避ける様に。
大事なものは家の中であっても肌身離さず身に着ける様になった。
目を離すとすぐに誰かが持って行ってしまうから。
そんな時、困っている私を見かねて家族が同居しないかと言ってきてくれた。
長年過ごした我が家を離れるのは嫌だったが、今の状況では生活するどころではないし、
住む所が変わればこの奇妙な出来事ともおさらばできると思い、受け入れることにした。
「―私は何かに取り憑かれているのだろうか?」
引っ越しをした後も、この奇妙な出来事とはおさらば出来なかった。
それどころか、もう一つ奇妙な事が。
奇妙な事が起きた時、私は当然家族に話し、みんなも注意するよう警戒を促すのだが、
家族は、
「なにをおかしなことを。」
という目で私を見るのだ。
そして私の部屋に入り、私が無くなったと言った物を、
私が直した場所ではない、別の場所から取り出し、
「ほら、ここにあるやん!」
と言って、部屋を出ていくのだ。
さらに、家に籠っていたら身体に悪いと、
年寄りばかりが集まる「でいさーびす」とか言う、
寄合所に行かせるのだ。
私は正直、この寄合所には行きたくない。
行く度に物を盗られるし、入りたくもない風呂に入れられる。
きっとその間に盗っているに違いない。犯人の目星もついている。
この寄合所には、最近TVでもよくやっている、
「にんちしょう」とか言う、何もわからなくなる恐ろしい病気。
それを患っている爺さんがいる。
いつも落ち着きなく動き回り、チラチラ周囲の様子を伺っている。
みんなは気づいていないが、私は違う。
隙を見て他人の物を盗んでいるに違いないのだ。
その事を寄合所の職員に教えても、
家族に教えても、
また「なにをおかしなことを。」と、
あの頭のおかしいやつを見るような目で見てくる。
ある日、家族が何か美味しいものでも食べに行こうと誘ってきたので、
ついていくと、そこは病院だった。
家族が診てもらうのかと思いきや、
医者は、私に向かって何やら訳のわからない質問を幾つも聞いてくる。
どうやら家族は嘘をついて私を医者に診せに来たようだ。
「そうまでして私の事を頭のおかしい人間にしたいのか!」と、
家族を怒鳴りたかったが、医者の手前そういうわけにもいかない。
その後、医者は家族に向かって何やら話している。
何を話しているかよく分からなかったが、ある言葉だけはしっかり聞き取れた。
「・・・にんちしょうのかのうせいがあります。」
はぁ?私がにんちしょうだって?
私があの寄合所の爺さんと同じだっていうのかい?
これはまたとんでもないヤブ医者がいたもんだ。
そろいもそろってみんな私を頭のおかしいやつにしたいみたいだ。
きっと、みんなグルなのだ。
結局、頼れるのは自分自身だけ。
もう、だれも信じられるものか―。
どうでしたか?
これはあきひこが想像する、
認知症の方の精神世界です。
こうやってみると、実は認知症の方はとても正常な判断を元に行動していることがわかるのではないでしょうか?
自分自身に同じ事が起こったら、
きっとみなさん遠からず同じような行動をとるのではないでしょうか?
ただ一つ、みなさんと違うのは、記憶の障害があるかどうか。
それだけです。
この記憶の障害が、認知症の方を周囲と切り離し、
その言動を不可解なものにしている原因なのです。
認知症は恐い病気ではありません。
周囲の正しい理解があれば、
本人も落ち着いて生活できる事がほとんどです。
今回は、その事を少しでも知ってもらいたくて書かせて頂きました。