「 脚止め 」
大浦家のリビングでは、
レクレーション時の移動や配置換えが行いやすいように、
正方形の二人掛けのテーブルを組み合わせて使用しています。
座る場所は、入居順・それぞれの相性、
介助のしやすさなどを考えて決めていますが、
一つだけ悩みの種が。
それは、シマさんの向かいの席に誰が座るかです。
今迄、色んな方が座ってみるも、
長くは続きませんでした。
その原因は、シマさんの脚。
彼が椅子に座っている時、常に脚を伸ばしているので、
向かいに座っている方が、イスを引いて座れないのです。
脚を引く様にお願いしても、
しばらくするとまた脚が出てきてしまいます。
その度にお願いするのですが、
難聴のある彼に度々お願いするのは難しく、
仕舞いには、そんなに出してないし、邪魔にはならん!と、
怒られてしまいます。
現在、シマさんの向かいに座るジュンさんも例外ではありませんでした。
そこで色々と考えた結果、
テーブルをDIYして脚止めを作る事にしました。
私は早速ホームセンターで必要な木材を購入し、準備はOK。
時間に余裕のある日を選び、
いざ、脚止めづくり!
玄関前のスペースにのこぎりなどの道具一式を用意し、
シマさんを誘います。
「シマさん、大工仕事があるけ手伝ってくれるかね?」
シマさんは元々大工をしていましたので、
返事はもちろんOK♪
元大工とはいっても、引退して随分経ち、
さらに左腕が悪いシマさんに大工仕事が出来ないであろうことは、
シマさんの状態を一目見れば、誰でも予想できます。
木材を切断する為、シマさんにのこぎりを持ってもらい、
鉛筆で線を引いている場所を切るようにお願いしてみましたが、
何度か挑戦してはみるものの、やはり途中で断念。
結局、その後は現場監督をお願いし、
私の作業を見守ってもらう事になりました。
それでも、私がシマさんを誘ったのには、いくつか理由があります。
その中の大きなものを3つご紹介。
一つ目の理由は、
その人の能力の範囲を周りの勝手な予想で狭めてはいけないと思うから。
周りが思い込んでいるだけで、
やってみたら案外出来たりする事は多々あります。
だから私は、自分が無理かなと予想した事でも、
他人に無理と言われた事でも、
とりあえずやってみて自分のこの目で確かめる様にしています。
また、一回目は出来なくても、
何度もやるうちに出来る様になる事もあります。
そうやって私は、
じじばばが周りの予想を裏切る場面を何度も見てきました。
二つ目の理由は、
やる気やチャレンジする気持ちを取り戻して欲しいから。
じじばばは身体が不自由になると、
あきらめてばかり。
だから、周りが働きかけをしないと徐々に何もしなくなっていきます。
そんなの哀しすぎます。
今まで一生懸命、仕事や家事や育児を頑張って来て、
いざ自由に出来る老後になってみたら、
諦める事ばかり。
結局やりたいことを出来ないまま人生を終えていいのでしょうか?
私は嫌です!
周りの手を煩わせたとしても、
遠慮せず、やりたいこと、楽しい事を一つでも多く実現して、
笑って最期を迎えて欲しい。
その為には、チャレンジする楽しさを知ってもらい、
遠慮を取り払う必要があります。
だから、まずは自分がやれるかな?と思う得意分野から誘います。
もし、本来お願いした事が出来なくても、
他の出来る部分を少しでもやってもらう。
あきらめていた自分でも、人の役に立ち、
感謝される事が出来ると感じてもらう。
そんな小さな事の積み重ねが、
最終的にやる気を芽生えさせ、
次のチャレンジに繋がって行きます。
大浦家の家族には、始めは嫌がっていたのに、
今では自分から「やろうか?」と言ってきてくれるようになった方もいます。
今回の場合、シマさんには現場監督をお願いしたので、
私は行程ごとにシマさんに、
「こんな感じでいいかね?」
と声を掛けました。
確認を仰ぐ事で、自分は頼られ、
役に立っているんだと感じてもらえるのではないかと思いました。
でも、実際は途中でスタッフが様子を見に来てシマさんと話していたら、
「わしゃ、棟梁(あきひこ)の弟子に入る事にした。」
と、予想外の反応があり、
思わず笑ってしまったのですが・・。
結果的にやる気になってくれていたようなので、良しとしました。
3つ目の理由は、
怒りの予防線です。
彼はとても怒りっぽいので、
突然自分の目の前のテーブルがどこかへ行き、
戻ってきたときに脚が伸ばせなくなっていたら、
もしかすると怒ってしまうかもしれません。
そして、その怒りの矛先がジュンさんへ向かってしまっては大変です。
それを防ぐ為に、シマさんにも脚止め作りを手伝ってもらう事にしました。
少なからず自分も汗を流し、
頑張って作った物に対しては悪い感情を持つのは難しい。
私の思惑はドはまり。
脚止めが完成し、リビングに戻った
シマさんは、
「これは大事に使わないかんけんね!」
と、しきりにジュンさんや周りの人へ訴えかけていたのでした。