「 母の愛 」
3月10日。
上津役家の家族である、サダさんが天国へ旅立ちました。
享年89歳。
彼女は、今年に入ってから急に食事をあまり摂らなくなりました。
昨年末頃は、その細い身体に見合わない程、食欲旺盛だったのに。
元々彼女の食事量にはムラがあり、
今までも、季節の変わり目などに、
あまり食事を摂りたがらない事が幾度かありました。
私達やご家族は、今回も同様である事を祈っていました。
その後、腸捻転などで入院を繰り返しましたが、
その間も彼女が食事を摂る事はほとんどありませんでした。
医師は、ご家族に積極的な回復処置ではなく、
ご本人が安らかに最期を迎えられる様に看取りを提案し、ご家族はそれを受け入れました。
ご家族様より、
本人も最後まで上津役家で過ごしたいと思っているだろうからと、
最期まで上津役家でみさせて頂く事になりました。
彼女は、いつもの上津役家で、
いつものスタッフや入居者に囲まれて、静かにその時を迎えました。
彼女と初めて会ったのは、
入居前の事前面談の時で、場所は、彼女の自宅でした。
掘りごたつのある部屋で、
音響機器など、亡くなったご主人の趣味と思われる物が所狭しと並んでいた事を覚えています。
その後、上津役家の家族の一員となった彼女は、
普段は他人に迷惑を掛けるのを嫌い、穏やかで優しい方でしたが、
認知症の症状なのか、時折攻撃的になり、誰彼構わず喧嘩を売り、
ひどい時は他の入居者の方に手をあげる事もありました。
夜になるとどうにも不安になるのか、
『なんかわからん・・』と、
何度もリビングに出てこられていました。
「何がわからないの?」
と聞いても、
『なんがわからんかもわからん・・』
と言われます。
どうしようもないので、しばらくリビングでお話しし、
彼女の気分が盛り上がる話をしたり、好きな歌を歌ったりして不安を和らげ、
落ち着いた所でまたお部屋で休んで頂く。
そんな事が何度もありました。
時にはスタッフが気付かない間に上津役家を飛び出し、
警察のお世話になる事もありました。
そんな彼女でしたが、上津役家での生活に慣れるにつれて、
とてもいい表情の素敵な笑顔を見せてくれる事が多くなっていきました。
彼女との思い出は語りつくせませんが、私が彼女と過ごしていて、
一番に感じたのは、息子さんへの愛情です。
『息子には迷惑や心配を掛けたくない。』
私はこの様な言葉を、事ある毎に、何度も聞きました。
そんな彼女の事です。
もしかしたら最期もそうなのかもしれません。
彼女が食事を摂らなくなって、元々細い身体がさらに細くなって、
入院が重なり身体の筋力や機能も徐々に低下していきました。
彼女はそうやって、少しづつ弱っていく姿を見せる事で、
始めに医師から看取りの話しをされてから、
中々受け入れる事の出来なかったご家族様や私達に、
少しづつ。少しづつ。
心の準備をする時間を与えてくれていたのかもしれません。
サダさん。
これまで本当にありがとう。
あなたと過ごした多くの時間、
その中で出来たたくさんの思い出。あなたに学んだ事。
全てが私達の中で生きています。
向こうでは心配や不安は忘れて、安らかに、楽しく過ごしながら、
ご家族や私達の事を見守ってくれていたら嬉しいな。