「 ご挨拶 」
新年、明けましておめでとうございます。
皆様におかれましては輝かしい新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
また、ここ数年はコロナ禍という、
大変な日々の中、多大なるご愛顧をいただき、誠にありがとうございました。
本年もまだ、安心できる状況ではございませんが、
スタッフ一同、更なるサービスの向上に努めて参りますので、
より一層のご支援、お引立てを賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
皆様のご健康とご多幸をお祈りし、
2022年12月新年のご挨拶とさせて頂きます。
「 ご挨拶 」
新年、明けましておめでとうございます。
皆様におかれましては輝かしい新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
また、ここ数年はコロナ禍という、
大変な日々の中、多大なるご愛顧をいただき、誠にありがとうございました。
本年もまだ、安心できる状況ではございませんが、
スタッフ一同、更なるサービスの向上に努めて参りますので、
より一層のご支援、お引立てを賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
皆様のご健康とご多幸をお祈りし、
2022年12月新年のご挨拶とさせて頂きます。
「 どうか見ていて 」
令和4年12月5日。
上津役家家族のサチさんが天国へと旅立ちました。
享年74歳。
ご本人様の状態を確認する為に病院に会いに行った時でした。
彼女はうっすら光を感じる程度で、ほどんど目が見えませんでした。
その為、生活全般に支援を必要とし、
デイサービスに通いながら自宅でご主人と共に生活していました。
しかし、ご主人だけで十分な介護を行う事は難しく、
入退院を繰り返す様に。
こうして、ご家族は施設を探す事にしたのでした。
当社が目の見えない方の受け入れをするのは初めての事でした。
どうしたら日々の生活を楽しんで頂けるのか。
スタッフは日々考え、試行錯誤を続けてきました。
あれから、4年程が経ちました。
私達は、彼女に沢山の事を教えてもらいました。
私が特に印象的だったのは、リビングのテーブルに、
他の方が間違わない様に彼女の名前を書いたシールを貼った時の事。
何気なくその事を本人に伝えた所、
『え?ほんとうに?どこどこ?』と驚いたような反応。
スタッフは彼女の手を取り、シールの場所を教えます。
『ここに私の名前が書いてあるの?』
「そうですよ。」そう答えると、
彼女はとても嬉しそうな表情で何度もシールを撫でていました。
私はこの話をスタッフから聞いた時、
なぜこんな些細な事で喜んでもらえるのか、とても不思議でした。
しかし改めて考えてみると、彼女は目が見えなくなってから、
一体どれだけの物を失い、どれだけの事を諦めたのでしょう。
彼女の心の痛み・苦しみ・恐怖は目の見える私達には計り知れません。
そして当然、周囲も彼女の事を思い、見えない事を鑑みて気を配ります。
しかしその思いに反して、
彼女の生活から、目が見える人が普通に行う事がどんどん無くなってしまった。
つまり、
「目が見えないから、これはこちらでしてあげよう。
目が見えないから、これは伝えなくても良いだろう。」
そんな周囲の配慮が、彼女に安全と安心をもたらし、
結果として楽しみが減ってしまったのではないか。
だからこそ、この様な些細な事が嬉しかったのではないでしょうか。
それから彼女には、
出来る限り皆と同じ様にお手伝いをしてもらい、
皆と同じ様にレクレーションに参加してもらうようにしました。
それから、彼女の笑顔を見る機会が増えた様に思います。
彼女は私と話す時、
『砂川さんとはもうずいぶん昔からの付き合いやけんねぇ。』
と、いつも旧知の仲の様に話してくれました。
私はそう思ってくれる事を、とても嬉しく思っていました。
そんな彼女でしたが、少しずつ状態に変化が見られる様になりました。
まず始めに、食事摂取量にムラが見られる様になりました。
全然食べない時期があるかと思えば、
異常な程の食欲を見せる時期もありました。
その後、食事摂取量が落ち着いたかと思われましたが、
しばらくして、すぐにまた変化が現れます。
食事の後であっても常に空腹感を訴える様になり、
それに伴って異食症状が見られる様になったのです。
異食とは、
認知症の進行に伴い、食べ物やそうでない物に関わらず、
何でも口に入れようとしてしまう症状の事です。
彼女はそれに加えて、常に空腹感を訴えている事もあり、
満腹感を感じる神経にも障害を受けていたのかもしれません。
また、彼女の目が見えない事も原因のひとつかもしれません。
彼女は常に、
「何か食べ物くださーい!」と訴え、
自分の周辺を手で探り、手に出来るものは何でも口に運ぼうとしました。
ティッシュ、ゴミなどはもちろん、
外にいる時は足元に転がる石ころ、夜間にはオムツ内の自らの排泄物に到るまで。
スタッフは常に彼女の様子を観察し、
彼女が変な物を口にしない様にしなければなりませんでした。
状態の悪化は認知面だけでなく、身体面も同様でした。
元々、入居当初から自力での歩行は難しく、
介助にて数メートルであれば何とか歩ける程でした。
それが次第に介助歩行も難しくなり、
支えと手すりがあれば何とかその場で立ち上がれる程となり、
最後にはそれも難しくなりました。
そして彼女が亡くなる少し前から、顔に浮腫が見られる様になりました。
すぐにかかりつけ医に報告し、状態を診てもらいました。
その後、血液検査などの結果から、
大きな病院で診てもらった方が良いとの事で、病院受診。
心不全との診断を受け、そのまま入院となりました。
しばらくしてご家族様が送ってくれた彼女の状態のメールでは、
徐々にではあるものの、快方に向かっているとの事でした。
その知らせに、スタッフ一同安心し、
彼女が上津役家に帰って来るのを待ちわびていました。
しかしそんな思いも空しく、病状が急変し亡くなったとの知らせ。
私達は彼女に本当に沢山の事を教えて頂きました。
現在、上津役家にはマツさんという全盲の方がいます。
お身体の状況は違いますが、マツさんと接する上でも、
今迄サチさんと関わって来た多くの経験が活きています。
彼女と出会い、人生の終末期に関わらせて頂けた事。
ご本人様はもちろん、信頼して任せて下さったご家族の皆様にも、
心から感謝しております。
気がかりは、
彼女の暗闇の世界の中に、
私達は少しでも何かを残す事が出来たのか―。
ねぇ、サチさん。
あなたは上津役家に来て 良かったですか?
皆との、そして私達との生活は楽しかったですか?
到らぬ所はなかったですか?
居なくなってしまった今では、もうそれを聞く事も叶いません。
いつになるかはわからないけど、
私がそっちに行った時には、是非、聞かせて下さいね。
それまで、
あなたと関わらせて頂いた私達が、
これからどのようにあなたから学んだ事を活かし、
より良い『家』を創っていくのか、
どうか見ていてくださいね。